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Faidherbia albidaから読む、アフリカ・サバンナ地域の人と自然のかかわり  平井 將公

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1. 主題

 アフリカのサバンナ地域には、farmed parklandとよばれる人為植生が広範に分布する。この植生の特徴は、1)地域の人びとが営む生業との関係から形成されること、2)人口増加によって耕地化が進み、未開墾地や休閑地が減少した地域に成立する場合が多いこと、3)果実、薬、肥料、飼料、繊維といった生活資源をより効率的に供給しうる樹木が主要な構成種となっていること、4)それらの樹木は本来の生育環境を越境して分布していること、そして、5)人びとが樹木に対して成長を助長したり、また、枯死しないような技法のもとに利用することで、長期にわたり生活資源や生活環境として植生を維持してきたことにある。表1には、こうしたfarmed parklandを構成する主要な樹種を示している。このなかには、日本にも輸入されるなどして国際的に流通する、シアバター(Vitellaria paradoxa)やタマリンド(Tamarindus indica)といった、換金性を有する在来の林産物も含まれている。しかし、本研究では換金経済を主要な目的とする植生ではなく、自給経済、とりわけ農業や牧畜と密接に関連して成立するFaidherbia albidaからなる植生(以下、F. albida林)に着目して、様々な地域を事例に取り上げながらその形成や利用のあり方について明らかにする。そのもとに、サバンナにおける生業を介した人と自然のかかわりについて検討してみたい。

表1 気候帯別にみたアフリカ・サバンナ地域のFarmed parklandの主要な構成樹種とその用途(クリックで拡大)
構成樹種と用途

2. Faidherbia albidaの生態と分布域の拡大

 F. albidaはマメ科のFaidherbia属に分類される唯一の樹木である(写真1)。この木の特徴は、1)乾燥サバンナに生育するにもかかわらず、樹高は15-20m、直径は胸高直径にして2m程度にも達すること、2)、幹の肥大成長は年間1-4cmと成長も非常に速いこと、3)稚樹の地上部や成木の枝を切っても容易に萌芽するという強い再生力をもっていること、4)それらの性質から、資源として長いあいだ繰り返し切って利用するうえで、非常に都合よく機能することがあげられる。しかし、この木の最大の特徴は何といっても、“reverse phenology”とよばれる特異な季節性(以下、逆季節性)にもとめられるべきであろう。通常、サバンナの樹木は雨季に葉を茂らせ、乾燥の厳しい乾季に落葉する。ところが、それらとはまったく正反対にF. albidaだけは雨季に落葉して、乾季に着葉・結実するという性質をもっている。そして、この逆季節性こそが、後述するように、F. albidaと人びとのあいだいに強いかかわりを生じさせる源泉となっている。
 F. albidaの起源地は諸説あるもののいまだ定かではない。確かなのは、アフリカのサバンナ地域のほぼ全域に分布しており(図1)、また、立地環境は年間降雨量にして300-1000mm、標高0-2500m、土壌は砂土から粘土までといった、かなり幅広いものであるということ、そして、F. albida林がfarmed parklandのなかでももっとも高頻度でみられる植生であるということである。
主要構成種の分布 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1

図1. F. albidaおよびfarmed parklandの主要構成種の分布
* 図中の番号は、本文に出てくる写真の番号と対応している。
**出典: F. albida: Barnes et al. 2003; V. paradoxa var. nilotica, V. paradoxa var. paradoxa: Hall et al. 1996; P. biglobosa: Hall et al. 1997; A. digitata: Wickens, 1982; B. aegyptiaca: Hall and Walker 1991

 だが、この木はそもそも、自然条件下においては、河川沿いや湖岸などの地下水位が高く、砂質の沖積土壌や過湿生成土壌が堆積した乾燥サバンナにしか生育しない(写真24)。しかしながら、実際の分布範囲をみると、本来の立地環境からはおおよそかけ離れた、瓦礫の多い斜面(写真8写真11)や、地下水位の低い地域(写真13)にも多く分布している。つまり、本来の生育環境から有意にはずれた自然環境下にある地域にも分布域が拡大しているのである。そして、その大きな要因となってきたのが、古くから続く農業や牧畜という人の営みであり、とくに東や南部アフリカと比べて水域が少ない、西アフリカにおいてはその影響が強く出ているとみられる。

3. 生業とのかかわり

3.1 逆季節性と農牧業の関係
 それでは、F. albidaは人びととどのようにかかわり、分布域を拡大したのだろうか。これについて、先に述べた逆季節性という観点から説明しておきたい。サバンナ地域の多くの社会で営まれる農業や牧畜には、当然、地力を維持するための肥料と、家畜に与えるべき飼料が必要となる。このとき、もしF. albidaが耕地にあるとすると、雨季に落ちるその葉によって作物は肥培効果を受けて、収量が増加することになる。さらに、雨季に落葉することで日光をめぐる競合が作物とのあいだにおこりにくい。他方、長い乾季に茂ったり実ったりする葉や果実は、新鮮で栄養価に富んだ貴重な飼料を家畜に供給する。また、樹冠が生み出す日陰は、猛暑なかの牧童や家畜に貴重な休息の場を提供しうる。サバンナにはF. albidaのほかにも有用な樹木が多いが、そのなかでも同種からなる植生がもっとも広範にみられるのは、こうした有用性を人びとが農牧業に取り込もうとしてきたからなのである。
 しかし、F. albidaの林を地域社会ごとにみてみると、景観上、生育場所や密度、樹形といった点に大きな相違があることを認めざるをえない。この事実は、人びととF. albidaのかかわり方が社会によって異なることを示しているのではなかろうか。F. albidaがもたらす有用性は普遍的である一方、それに対する個々の社会の認識は多様であり、それに応じてF. albidaの取り込み方も異なってくると思われる。以下ではこの点について具体事例をとおして検討してみよう。

3.2 各地の事例
【事例1 セネガル中西部のセレール社会】
 この地方は、私が調査対象地域であるため、F. albidaと生業との関係は詳細に明らかとなっている。その内容は以下の5点にまとめられる。第1には、人口密度が古くから高く、農牧業が飼料と肥料の相互供給をとおして密接に関連し、さらにそこにF. albidaがあることで、相互供給系が安定化されている点である。第2には、F. albidaの密度が高く、その背景には「しつけ」という稚樹の保護と成長助長を人びとが長年にわたって繰り返してきた点である。第3には、近年の生業変容にともなって、「しつけ」がなされなくなり、後継樹がなくなったことである。第4には、近年のさらなる人口増加にともなって、飼料や燃料としてF. albidaの枝が頻繁に切枝されるため、樹冠が縮小している点である。そして第5点には、そうしたなかにおいても切枝技法とそれをめぐる社会制度によって、無秩序な枝葉の採集が抑制されている点である。以下では、こうしたセレールの事例(写真1写真2)を参照枠としながら、各地域みていく。

【事例2 ナイジェリア北部のカノ地方】
 農業と牧畜が盛んなこの地域では、飼料と肥料の相互供給をとおして、セレールと同様に両者が密接に結合している。人口密度は200人/㎢を超え、全面的耕地化が進んでいる点や、牛道が耕地の隙間を縫うように設けられている点、そして耕地に生育するF. albidaの密度の高さからも(写真10)、土地利用が集約的であることがうかがえる。写真9は、1960年に撮影された航空写真で、先の写真とほぼ同様の範囲を写している。二つの写真を比較すると、1960年から現在まで、木の密度や、樹冠の規模は変化しておらず、また、成長段階の違う個体が連続的に混交している点でも共通している。これらの点についてセレール社会と比較すると、まず、セレールのF. albidaは、枝が頻繁に切枝されるため、全体的に樹冠がかなり縮小している一方、カノではそれがあまりみられない。また、セレール社会では成木しかないが、カノでは若木もある。つまり、セレールとは対照的に、現在においても人びとの稚樹に対するはたらきかけにより、後継樹が確保されていると思われる。

【事例3 マリ中部のドゴンの社会】
 ドゴン社会(写真6)でもセレールやカノと同じく、高い人口密度のもとで農牧業が営まれており、両者は結合している。耕地にはF. albida以外にもシアバターBalanites aegyptiacaといった他の種も多く生育している。この点からすると、農牧業とF. albidaは結びついているものの、その強度はセレールやカノに比べてやや弱いと思われる。写真7をみると、F. albidaの樹形はセレールと同じく、自然のままとはなっていない。これは飼料として切枝された結果である可能性が高く、農業よりも牧畜との関係に比重が傾いていると考えられる。

【事例4 カメルーン北部のマンダラ山地】
 ここではウシ牧畜と農業が営まれているが、それらは結合していないと思われる。なぜなら、岩を中心とした複雑地形によって耕地が断片化しているため、刈跡放牧を営みにくいからである。しかし、それにもかかわらず人口密度は150人/㎢と見積もられており、また、F. albida林も形成されている(写真11写真12)。この木の最適環境は水辺の堆積土壌と述べたが、それとはおよそかけ離れた地形や地質にF. albidaが生育しているのが印象的である。どの個体も小柄であるが、農牧業を営むうえで乏しい生態環境を改変しようとする人びとの意向がみてとれる。

【事例5 ブルキナファソ南部のブワ社会】
 事例4と同様に、この地域でも斜面にF. albida林が形成されている(写真8)。またそこには、侵食を防止したテラスが耕地として造成されている。ここにはブワやモシといった人びとが居住している。Gray(2003)は、彼らの農牧業が徹底した物質循環のうえに成り立っており、そのうえでF. albidaが役立っているといるという。

【事例6 タンザニア南部のニャムワンガの社会】
 東アフリカにもF. albida林を形成する社会がある。たとえば、ンベヤ州の村(写真17写真18写真19写真21写真22写真23)では、地下水位の低い平坦な地形でトウモロコシが栽培され、その背後にあるミオンボ林の斜面ではシコクビエが栽培されている。他方、牧畜はヤギなどの小家畜が野放しにされているにすぎないという。こうした生業において、F. albida林は地下水位の高いトウモロコシの畑に形成されている。F. albidaの樹形をセレールと比べてみると、この地域では自然状態に保たれていることがよくわかる(写真20)。他方、幹から伐採されて燃料とされている個体もある(写真20)。これは、セレール社会では考えられないことである。以上から、この地域はF. albida以外にも資源が豊富であり、農牧の結びつきも弱いと思われる。

【事例7 セネガル中西部のウォロフ社会】
 ウォロフの社会はセレールの社会と隣接している。だが、人口密度が低く、土地利用は粗放的である。農業は営むが、家畜飼養はほとんどみられず、出稼ぎに依存する度合いが高い。だが、最近になって彼らはF. albidaを意図的に残すようになっている(写真3写真4写真5)。この背景には、政府が配布する化学肥料の供給がなくなったうえ、家畜が少ないため畜糞をえることができない点、つまり、肥料不足の観点からF. albidaを取り込み出したということがある。もうひとつ、果実を販売するという理由もある。隣接するセレールの耕地にはF. albidaが多いが、枝が頻繁切られるため、果実のできはよくない。他方、ウォロフのF. albidaは、切枝頻度が低いため果実がよくとれる。そこでウォロフは果実を定期市に持ち込み、セレールに販売するようになったのである。

【事例8 エチオピア中部のシャワ地方】
 この地域はテフ栽培とウシ牧畜が盛んであり、人口密度も100人/㎢程度と高く、休閑地もまったくないため、セレールと同様に、ウシは刈跡放牧によって飼養されている。だが、私が見聞きした限りでは、クラールの耕地内移動にもとづく体系的な畜糞施肥はなされておらず、その意味では、両者の結びつきはやや弱いといえる。実際、木の密度もかなり低い(写真14写真15写真16)。

【事例9 ザンビア西部のロジの社会】
 この地域では氾濫原を基盤として農業、牧畜、漁撈が複合的に営まれている。農牧業のあいだでは畜糞と飼料の相互供給をとおして結合しているが、F. albida林は形成されていない。F. albidaは、居住域周辺におそらく自然分布しているのみである(写真24)。

4. 考察とメッセージ―F. albida林が多様であることの意味

 以上にとりあげた9つの事例は、いずれもF. albidaが身近な環境に生育している社会であるが、社会によって同種への価値付けや取り込み方は異なっており、全体として非常に多様なものとなっていた。各社会についてセレールと比較してみると、事例1-5までは、基本に、セレールと同じ論理、―人口増加にともなう土地の集約的利用とそれに基礎をおく生産性の高い生業様式の構築―、のもとにF. albida林が形成されていると考えられる。つまり、人口密度が高く、生態環境の面からしても環境収容力が元々小さいという条件のもと、生産性を最大に高めようと努力する側面がこれらの地域に共通しているといえよう。とくに、F. albidaが本来の生育環境から大きくかけ離れたところに生育していたマンダラ山やブワ社会の事例ではその傾向が強くみられる。しかしながら、ドゴン社会にように、農牧業とF. albidaとの結びつきの度合いがやや弱いと感じられるケースもみられた。このような両者のかかわりの強弱によって、F. albidaの密度や樹形といった景観上の特色は変化するものと思われる。
 他方、セレールとは異質な論理のもとにF. albida林を成り立たせる社会もみられた。それが、事例6-9であった。これらの地域では農牧業が営まれているとはいえども、両者は基本的に別個の半農半牧的なものであり、広い土地や豊富な資源のもとにそれが展開されている。つまり、F. albidaがたとえ有用だと認識されていたとしても、実践のレベルではセレールと同じ論理のもとに利用されているとはいえないのである。また、ウォロフの社会においては農業と同種が強いかかわりにある一方、近隣のセレールを対象として果実が販売対象とされていた。さらに、ロジの社会では、生育や存在が許容されるに留まっており、何かしらの効用をF. albidaに要求しているわけではないという側面が感じられた。このような結果をみる限り、F. albida林と生業のかかわりの様態は、多種多様だといえる。
 以上から、F. albidaはアフリカのサバンナ地域に広く分布し、また多くの社会においてそれを主要な構成種とした人為植生が形成されているが、それぞれの社会の状況によって随分と扱われ方が異なっていることが明らかとなった。こうしたF. albida林の多様性が示唆する重要な点は、現在F. albidaとの関係が弱い地域、あるいはそれをもたない地域社会が、人口増加や土地や資源の不足を課題として抱えたとき、その在来的な対処の一手段として、同種からなる植生が形成される可能性が高いということである。地域社会は、それをとりまくマクロな社会・経済状況の変化と密接に関連して動態し、また、それとの相互関係から植生にも変化が生じる。だが、そうした植生の変化はこれまで、ひとえに、「森林破壊」や「砂漠化」として懸念され、外来種の植林等による修復の対象とされてきた。さらにまた、その原因のひとつとされてきたのが、人びとの営む生業であった。こうした現状において肝要となる視点は、グローバルな言説として語られている「砂漠化」を、「地域に暮らす人びとの視点」から捉え直すことであり、また、その理解のもとに植生の「利用と保全の両立」にむけた対応策を講じていくことであろう。その観点からすれば、サバンナ各地に成り立つ人為植生、とくにもっとも広範に分布するF. albida林に着目して、それが維持されてきたメカニズムをとして多角的に解明することは、「在来農業の可能性」を探るうえでも非常に有意義だと考えられる。

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